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第1話|中学1年の僕は、ちょっと扱いづらい生徒だった

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今振り返ると、 中学1年生のころの僕は、 先生にとって、少し扱いづらい生徒だったのだと思う。

実は、担任の先生が苦手だった。

理由をはっきり説明できるわけでもない。

今思えば、思春期特有の、大人全般に対する反抗心のようなものだったのかもしれない。

サッカーだけは好きだった。

小学校2年生から続けていたサッカー部に、迷いなく入部した。

あとになって母から聞いた話では、「家でブロック遊びばかりしていて、友達ができないんじゃないかと心配だった」

それが、僕にサッカーを勧めた理由だったそうだ。

結果的に、サッカーはその後もずっと続けることになる。

今思えば、あのときの母の判断は、 僕の人生にとって、とても意味のあるものだったのだと思う。

中学1年の僕は、体も大きく、運動神経も悪くなかった。

サッカー部では一目置かれていたけれど、 勉強にはあまり身が入らず、成績も振るわなかった。

先生に対しても、素直ではなかったと思う。

口答えをした記憶ははっきりとは残っていないけれど、「扱いづらいやつだな」と思われていたとしても、不思議ではない。

今だから分かることがある。

こちらが相手を苦手だと思っているとき、 その気持ちは、案外そのまま相手にも伝わってしまうということだ。

当時の僕は、そんなことに気づく余裕もなかった。

ただ、サッカーが好きで、生意気で、 少し空回りしていた中学1年生だった。

転機は、中学2年生だった。

担任の先生が変わった。

その先生はサッカー部の顧問でもあり、 教室の後ろに、「君たちの可能性は無限だ!」 と大きな言葉を掲げる、熱い先生だった。

その言葉を、子どもながらに、僕は真に受けた。

そして、先生は、 僕のサッカーの力を、きちんと評価してくれた。

評価されると、不思議なもので、「応えたい」という気持ちが生まれる。

練習にも、以前より本気で取り組むようになった。

同じころ、家庭教師の先生との出会いもあった。

教え方が、とにかく上手だった。

分からないところを、分かるまで、根気よく付き合ってくれる。

努力すれば、少しずつ理解できる。

理解できると、勉強が楽しくなる。

その当たり前のことを、 僕はその先生から、初めて実感として教えてもらった。

正直に言えば、 思春期まっただ中の中学生だった僕は、 その先生に憧れのような感情も抱いていたと思う。

でもそれも含めて、 勉強に向かう時間そのものが、楽しくなっていった。

やればできる。

努力は、裏切らないかもしれない。

そんな感覚が、 少しずつ、体に染み込んでいった。

この頃から、「学校の先生になるのも、いいかもしれない」

そんな思いが、ぼんやりと頭に浮かぶようになった。

ただ、この時期、 理由の分からない不安も、僕の中にはあった。

部活動中、走り出す瞬間に、 一瞬だけ身体が動かなくなり、転んだことがある。

悔しかった。

それ以上に、周りに気づかれるのが、ひどく恥ずかしかった。

何事もなかったように、うずくまり、 必死に耐えてから立ち上がった。

「何で俺だけ、こんな身体なんだろう」 そんな思いを、胸の奥に押し込んだ。

当時は、その不安の正体を、 言葉にすることもできなかった。

今振り返ると、 この中学1年から2年にかけての時間が、 僕の「遠回り」の始まりだったように思う。

迷い、空回りし、 それでも人との出会いによって、 少しずつ向きが変わっていった。

当時の僕は、そんなこと、何も分かっていなかった。

ただ、必死に、目の前のことに向き合っていただけだ。

もし今、進路や生き方に迷っている人がいるなら、 この話が、「そんな時期もあっていいのかもしれない」 と思うきっかけになれば嬉しい。

遠回りは、 いつもあとから意味を持つ。

そう思えるようになったのは、 ずっとずっと、後になってからのことだけれど。

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