高校受験の勉強は、正直、楽しかった。
特に数学が好きだった。
図形、文章問題、証明。
考えれば考えるほど、少しずつ形が見えてくる。
夜中の12時を過ぎることもあった。
今なら絶対にやらない。
疲れて翌日に響くし、 分からなければ答えを見て、やり方を吸収したほうが早い。
でも、あの頃は違った。
答えを見るのは、どこか「負け」のような気がしていた。
変なプライドだったと思う。
内申点では勝負できなかったから、 点数で勝負するしかなかった。
猛勉強した。
受験勉強を通して、学力が確かに伸びた実感もあった。
自分は、理系科目が得意なのかもしれない。
そんな感覚を、ぼんやりと持ち始めた頃でもあった。
合格して、入学した。
一つランクを下げた高校だったけれど、 サッカーができるなら、それでいい。
そう自分に言い聞かせていた。
迷うことなく、サッカー部に入部した。
練習は、想像以上にきつかった。
上下関係は、さらにきつかった。
強豪校だった。
同級生のほとんどは、サッカー推薦で入学してきた選手たち。
中学時代から有名な選手もいて、 同級生なのに、どこか憧れの対象だった。
中には、 どうしても好きになれない同級生もいた。
偉そうで、態度が悪く、 空気を支配しようとするタイプ。
サッカーは上手かった。
でも、性格は最悪だった。
当時は、 「なぜこんな人たちと一緒にやらなければならないのか」 そんな疑問を持つ余裕すらなかった。
練習は厳しかった。
先輩からのしごきは、理不尽だった。
部室で、 重いものを頭上に掲げたまま、 許可が出るまで動いてはいけない。
今思えば、 馬鹿げた儀式だったと思う。
主従関係を、 威圧と恐怖で成立させるための、 意味のない行為。
もし今なら、 問題になるだろう。
もしかしたら、部は解散していたかもしれない。
でも当時は、 それが「当たり前」だった。
1年生の間、 僕はほとんど試合に出られなかった。
補欠の補欠。
ボール拾い。
周囲の同級生は、 推薦組ばかり。
技術も、経験も、上だった。
何人かの1年生が、 途中で部を去っていった。
中には、推薦で入学してきた選手もいた。
そのときは、 なぜだろう、なんて考えなかった。
必死すぎて、考える余裕がなかった。
でも今なら、 少し分かる気がする。
倫理的にも、 常識的にも、 おかしい環境だったからだ。
それでも、 努力が無駄だったわけではない。
体力は、確実についていった。
1年生と2年生合同の10キロマラソン大会で、 校内15位だった。
あれは、 自分でも驚いた。
学業のほうも、 受験勉強の貯金があったおかげで、 理系科目は上位だった。
ただ、 部活でくたくたになり、「先生になりたい」という思いは、 一度、頭の奥に引っ込んでいた。
そして、 もう一つの問題があった。
中学時代から続いていた、 身体の違和感。
運動部なのに、 肝心なとき、 特にスタートダッシュの瞬間に、 身体が一瞬、動かなくなる。
数秒で戻る。
でも、それが日に何度も起こる。
悔しかった。
恥ずかしかった。
誰にも知られたくなかった。
サッカー部の練習中にも、 何度もあった。
必死にごまかした。
「何で俺だけ、こんな身体なんだ」
そう思いながら、 自分を呪った。
対処法は分からなかった。
相談する余裕もなかった。
すべてにおいて、 現実に押されながら、 必死にくらいついていくだけだった。
今なら、 もう少し賢く振る舞えたかもしれない。
でも、 当時の僕には、 そんな選択肢すら見えていなかった。
努力はしていた。
本気だった。
それでも、届かない場所が、確かにあった。
あの高1の一年は、 激動だった。
楽しいことも、 手応えも、 確かにあった。
でも同時に、 どうにもならない現実が、 次から次へと押し寄せてきた。
意味は、 そのときには分からなかった。
ただ、 必死だった。
それだけは、 確かだった。