大学に入学したとき、 正直、うれしかった。
教師への道が、 現実的になったこと。
受験を乗り越えたという感覚。
そして、 彼女の近くで暮らせること。
一人暮らしも始まった。
祖父母や母が、引っ越しを手伝ってくれた。
今はもう天国にいる祖父母の顔を、 あのときのアパート探しと一緒に、はっきり覚えている。
ありがたかった。
本当に。
でも、 その「ありがたさ」を、 当時の僕は、分かっていなかった。
1年浪人した引け目は、 ずっと胸の奥にあった。
現役で入学した同級生たちを見ては、 どこかで自分を下に置いていた。
大学では、友達もできた。
国際交流サークルにも入った。
留学生と、 片言の言葉で話し、料理を囲み、 ビールで乾杯した。
楽しかった。
本当に、楽しかった。
でも、 どこかで、「今やるべきこと」から 目をそらしていた気がする。
未熟だった。
人との距離感も、 社会的な責任も、 分かっていなかった。
ゼミの飲み会で、 教授に反抗的な態度をとったこと。
サークルの予定を、 面倒だからと断らず、 結果的に迷惑をかけたこと。
中古車の商談を、 直前で一方的に断り、 連絡を無視したこと。
どれも、 今思い返せば、 胸が痛む。
当時の僕は、「自分がどう感じているか」ばかりで、「相手がどう感じるか」を 想像できていなかった。
フットサルのサークルでは、 居場所があった。
身体はよく動いた。
強豪校で揉まれた経験は、 ここで生きた。
大会にも出て、 活躍もできた。
その時間は、 確かに救いだった。
でも、 学業は、後回しだった。
出席はギリギリ。
単位は最低限。
気づけば、「教師になりたい」という気持ちは、 どこか遠くへ薄れていっていた。
大学3年生の頃、 ようやく、「まずい」と思った。
親は、 学費と生活費を出してくれている。
母は、内職をしながら、「あと2年だね」と 自分を励ますように言っていた。
夏に帰省したとき、 父が、うなぎを釣ってきてくれた。
ふっくらした蒲焼きを、 目の前に出されたとき、 涙が止まらなかった。
遊びほうけていた自分。
痩せ細った自分。
それでも、 父は、「喜ばせたい」と思って 準備してくれた。
その優しさが、 苦しかった。
それから、 少しずつ授業に出るようになった。
でも、 時すでに遅しだった。
小学校免許の単位は、実質、取れなくなっていた。
自業自得だと思った。
それでも、 教育実践の講義は、 不思議と面白かった。
「こんな教材で、 こんな授業ができるのか」そんな発見が、 久しぶりに胸を動かした。
教育実習は、 正直、つらかった。
生徒からの暴言。
指導教官の価値観。
飲み会での不快な空気。
20歳そこそこの僕には、 どう対処すればいいのか、 分からなかった。
一人暮らしの生活も、 荒れていった。
バイクは盗まれた。
ゴミは溜まった。
感情は、内側で爆発していた。
ゼミの同級生との関係も、 うまくいかなかった。
言い返せない怒りを、 壁にぶつけた。
残ったのは、 血の跡と、 後悔だけだった。
卒業論文は、 正直、出来は良くなかった。
それでも、 C評価で、卒業できた。
教員採用試験も受けた。
結果は、不採用。
当然だと思った。
勉強もせず、 覚悟も足りなかった。
大学を卒業し、 実家へ帰った。
何者にもなれなかった、 4年間。
うまく生きられなかった、 4年間。
迷って、 遠回りして、情けなくて。
それでも、 人生は、続いていた。
この先も、 きっと、 簡単ではない。
それでも、 一歩ずつ、 歩いていくしかない。