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第8話|それでも、もう一度 教師を目指した

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二十八歳で受けた教員採用試験は、不合格だった。

一次試験は通ったけれど、二次試験で落ちた。

今思えば理由は明確だ。

「絵本を読んでください」と言われて、 僕は、ただ自分に向かって本を読んでいた。

読み聞かせ、という意味が分からなかった。

子どもに向けて、という発想がなかった。

スキルも、経験も、見通しもなかった。

不合格になるのは、ある意味で当然だった。

二十九歳。

障害のある方の作業支援の現場で、副主任として働きながら、 人生で三回目の教員採用試験に挑んだ。

正直、この年のことはあまり覚えていない。

ただ一つ、はっきり覚えていることがある。

結果が出たあと、妹に言われた言葉だ。

「兄ちゃんは、何回受けたって受かんないよ」

その言葉は、思った以上に深く刺さった。

怒りよりも、ショックのほうが大きかった。

実の妹から言われた言葉だったからだ。

もしかしたら、 自分には教師になれない“何か”があるんじゃないか。

性格かもしれない。

人間関係の下手さかもしれない。

身体のことかもしれない。

そんな考えが、頭の中をぐるぐる回り始めた。

卑屈になりそうだった。

自分で自分を否定してしまいそうだった。

その時、はっきりと僕の側に立ったのが、妻だった。

毎朝、仕事前に勉強している姿を、 誰よりも近くで見ていた人だ。

「そんなこと、絶対にない」

妻は、はっきりそう言った。

そして、僕をそのままの足で、 教員採用試験専門の予備校に連れていった。

その日のうちに入校した。

三十歳。

人生で四回目の教員採用試験に向けて、 週末と祝日を使って、予備校に通い始めた。

社会人で予備校に通うのは、少し恥ずかしかった。

でも、それ以上に強かったのは、「このまま終わりたくない」という気持ちだった。

大学受験で一度つまずき、 浪人して予備校に通い、 ようやく進みたい場所に辿り着いた過去。

あの時と、どこか似ている感覚があった。

予備校では、二次試験の模擬授業を、 具体的に、丁寧に教えてくれた。

「こうやって導入するんだ」

「子どもは、ここで反応する」

ようやく、見通しが持てた。

試験前日、 いつも通っていたスポーツジムのヨガに参加した。

不思議なほど、心と身体が整った。

力が抜けて、自然体になれた。

翌日の二次試験。

模擬授業の内容は、前年度とよく似ていた。

焦らなかった。

頭も身体も、自然に動いた。

あの感覚は、今でも忘れられない。

結果は、合格だった。

妻に報告すると、 一緒に泣いて喜んでくれた。

あの時、 妻が背中を押してくれなかったら、 僕は合格していなかったと思う。

母や祖父母にも報告した。

遠回りだったけれど、ようやく辿り着いた。

施設長に退職の報告をすると、 微妙な表情をしながらも、 送別会を開いてくれた。

門出を祝う、日本酒をもらった。

あの時、「がんばれよ」 そう言ってくれていたんだと思う。

振り返れば、 劣等感と向き合いながらの挑戦った。

身体のこと。

人間関係のつまずき。

妹の言葉。

それでも、僕はもう一度、教師を目指した。

目標がはっきりしたとき、 人は少しだけ、強くなれる。

遠回りでも、 遅くても、 立ち止まっても、選び直すことはできる。

それを、三十歳の僕は、ようやく知った。

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