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第10話|海のそばの町で、人生がひらいた

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振り返ると、 あの地での時間は、 「うまくやれた」人生ではなかった。

人間関係でつまずいた。

怒鳴ってしまったこともある。

取り返しのつかない後悔もあった。

教師として、 未熟で、不器用で、 自分の感情を持て余す場面も少なくなかった。

それでも—— あの地で、僕は生き延びた。

初任から六年間、 僕は「一人で踏ん張る」ことで、 なんとか教師を続けていた。

教材を一人で抱え込み、 自費で用意し、 夜遅くまで準備をし、 成果が出れば、それでいいと思っていた。

でも、それは 限界のあるやり方だった。

人と協力することを避け、 自分の中で完結させようとするほど、 人間関係は、どこか歪んでいった。

そして、あの出来事

—— 子どもの前で、感情を爆発させてしまった瞬間。

あれは、 僕が「一人で踏ん張る限界」を 初めて突きつけられた瞬間だった。

それでも、 人生が折れなかった理由がある。

それは、 学校の外に、呼吸できる場所があったことだ。

海があった。

釣りがあった。

フットサルがあった。

バドミントンがあった。

地域の仲間がいた。

仕事で傷ついても、 別の場所で、僕は自分を取り戻せた。

身体を動かし、 笑い、 同じ目標に向かって汗を流し、 「自分が自分でいられる」場所があった。

あの町では、 無理に自分を作らなくても、 生きていけた。

五年間過ごした次の学校では、 僕は少しずつ変わり始めていた。

人と関わることを、 以前ほど怖がらなくなった。

放課後、 教職員バドミントン大会に向けて練習を重ね、 雑談をし、 笑い合い、 同じコートに立った。

あの時間は、 教師としてではなく、 一人の人間としてつながれた時間だった。

そして、 送別会で感じた空気は、 大会で仲間と喜び合った、 あの感覚とよく似ていた。

この地で、 子どもが生まれた。

僕の人生は、 「耐えるもの」から、 「育てていくもの」へと、 静かに変わっていった。

この町を離れるとき、 海を見て、涙が止まらなかった。

寂しさ。 感謝。 後悔。

そして、確かな充実感。

一生ここにいたい—— 心から、そう思った。

それでも、 僕は次の場所へ進んだ。

子どもが生まれ、 家族の希望があり、 新しい生活が始まった。

でも、 あの海は、消えない。

あの場所で感じた 「人生がひらいた感覚」は、 今も、僕の中にある。

人は、またつまずく。

僕も、きっと、またつまずく。

それでも——あの海を思い出せばいい。

人生は、 あの海のように、 またどこかで、ひらく。

そう信じられるようになったこと自体が、 あの地で得た、 何よりの贈り物だった。

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