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第13話|努力は報われない? それでも続けた人にだけ見える景色

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「努力は報われる」この言葉を聞くたび、 正直、少しだけ身構えてしまう。

少なくとも、僕のやってきた努力は、 その場ですぐに報われたものばかりではなかった。

意味があったのかどうか、 当時はまったく分からなかった。

分からないまま、 ただ前に進んでいただけだった。

教員になってからの30代、40代前半。

僕は、いくつもの免許取得や学びに、 かなりの時間とお金を注ぎ込んでいた。

最初は、小学校教員免許。 遠方の通信制大学に通い、スクーリングを受け、 レポートを書き続けた。

大学時代、 最低限の単位しか取らなかった自分。

本当は、もう少し頑張っていれば、 あのとき一緒に取れたはずの免許。

その「置いてきぼりにした過去」を、 取り戻したかったのかもしれない。

当時はそんなふうに整理できていなかった。

ただ、 やらなかった自分を、そのままにしておけなかった。

小学校免許を取ったからといって、 すぐに何かが劇的に変わったわけではない。

特別支援学校の教員として、 直接、役に立ったという実感も、 正直、あまりなかった。

それでも、 中学部だけだった自分の視野が、 小学部まで広がった。

年齢の違う子どもたちと関わる経験は、 新鮮で、戸惑いも多く、 でも確実に、 自分の教師人生に別の景色を加えてくれた。

それが「意味」だったのかどうかは、 当時は考えていなかった。

次に進んだのは、 特別支援学校教諭免許の取得。

通信制大学での学びは、 時間的にも経済的にも、 正直、楽ではなかった。

それでも、 特別支援教育の現場で働き続けるなら、 この免許は持っておきたい。

そんな思いだけは、はっきりしていた。

スクーリングやレポートの中で、ある教授と出会った。

その理論は、 自分が日々向き合っていた生徒指導の悩みに、 驚くほど、ぴたりとはまった。

「これ、使える」 「問題解決の手がかりになる」そんな感覚を、久しぶりに覚えた。

もう一人の教授の授業も、 同じように、興味深かった。

当時は、 「面白い」「役立ちそう」 そのくらいの軽い気持ちだったと思う。

でも今は、 それらの知見を、 先生方や保護者に説明する場面で、 自然と使っている自分がいる。

それがいつから身についていたのか、 自分でもはっきりとは分からない。

さらに進んだのが、 保健体育の免許取得だった。

理由は、案外、単純だったと思う。

子どものころから、 ずっとスポーツが好きだった。

サッカーを通して仲間ができ、 大人になっても、 スポーツは人とつながる入口だった。

体育を、 ちゃんと教えられる教師になりたい。

そのためには、免許が必要だった。

このスクーリングは、本当に楽しかった。

実技を通して、 自然に仲間ができた。

バドミントンにも出会い、 そこから、また人とのつながりが広がっていった。

後になって思う。

自分は、 スポーツという「共通の目的」がある場で、 人と関わるのが、ずっと楽だったのだと。

当時は、そんな自己分析はしていなかった。

そして、大学院。

修士になることへの憧れは、 正直、ずっと心のどこかにあった。

社会人として、 通信制の大学院に進むことは、 簡単な選択ではなかった。

研究は厳しく、 主査との関係で、大きな失敗もした。

今でも、その出来事の意味づけは、 完全にはできていない。

予定より一年遅れて、 修士論文を書き上げ、 教育学修士となった。

「また遠回りだったな」

当時は、そう思った。

今も、 この経験をどう整理すればいいのか、 正直、まだ分からない部分がある。

それでも、ひとつだけ言えることがある。

これらの努力は、 当時の自分を、 何とか前に立たせるためのものだった。

未来のためというより、 過去の自分に追いつくため。

置いてきたものを拾いに行くため。

だから、「報われたか?」と聞かれると、 簡単には答えられない。

でも、「無駄だったか?」と聞かれたら、 それは違う、と今は思っている。

続けたからこそ、 後から考えられる材料が残った。

使える知見が、静かに積み上がった。

もし今、 努力しているのに手応えがなくて、「意味あるのかな」と感じている人がいたら。

無理に前向きにならなくていい。

今は、意味が分からなくてもいい。

続けた人にだけ、 後から振り返るための景色が残る。

それが、 僕の今の正直な実感だ。

この話も、 まだ途中だと思っている。

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