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第16話 守るものができたとき、人は変わる

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40代前半で、 僕は息子を授かった。

結婚してから、 ずいぶん長い時間が過ぎていた。

だから、その喜びは、 自分でも驚くほど大きかった。

生まれたばかりの息子を見て、 家に帰ってから、 気づいたら涙があふれていた。

嬉しかったのだと思う。

それだけじゃない。

守るべきものが、 はっきりと目の前に現れた。

今になって振り返ると、 あの頃から、 仕事に向かう色合いが、 少し変わったような気がしている。

意識していたわけではない。

「父親として頑張ろう」と 気合いを入れた覚えもない。

もっと、 静かで、 本能に近い感覚だった。

この子を、 妻と一緒に育てる。

守る。

経済的にも、もちろん支える。

そうした思いが、 言葉になる前のところで、 確かに芽生えていたのだと思う。

不祥事研修を受けたとき、 自分でも意外な反応をしたことを、 今でも覚えている。

ハラスメントの被害者が負う、 心の傷。

それについて考えるのは、 もちろん大切なことだ。

でも同時に、 それ以上に強く浮かんできたのは、 こんな思いだった。

もし、 自分の軽率な言動ひとつで、 子どもや妻の人生に、 取り返しのつかない影を落としたら。

その想像は、 とても怖かった。

守るものができると、 倫理やルールが、 急に現実の重さを帯びる。

抽象的な「正しさ」ではなく、 具体的な「誰かの生活」に、 直結して感じられるようになる。

息子への愛情は、 それまで知っていた愛とは、 少し違っていた。

「かわいい」という言葉では、 足りない。

もっと、 静かで、 あたたかくて、 大きなもの。

「愛おしい」という言葉が、 いちばん近い。

恋愛のように、 感情が激しく揺れるわけではない。

でも、 常に心のどこかにあって、 揺らがない。

その存在があるだけで、 心がどしんと安定する。

この感覚は、 仕事の向きにも、 少しずつ影響していったように思う。

それまでの僕は、 どこか「自分が」「自分が」と、 前に出る力の使い方をしていた。

成果を出すこと。

評価されること。

一人でやり切ること。

でも、 子どもの成長を見守る中で、 力の使いどころが、 自然と変わっていった。

育てる。

支える。

待つ。

信じる。

すぐに結果は出ない。

でも、 確実に、 次につながっていく。

主任や課長として、 チームマネジメントに関わる中で、 その変化は、 よりはっきりとした形になった。

自分が前に出るよりも、 チームが力を発揮できる構造を整える。

一人で抱え込むよりも、 協働して、 より大きな力を生み出す。

それは、 性格が変わった、という話ではない。

「何に力を使うか」が、 変わったのだと思う。

この話を読んでいる若い人の中には、 「守るものなんて、まだない」と思う人もいるかもしれない。

それでいい。

守るものは、 最初から見えているとは限らない。

人。

仕事。

役割。

信念。

あるいは、 まだ形になっていない未来。

いつか、 「これは手放せない」と思うものが、 ふと現れることがある。

そのとき、 人は突然、 強くなるわけじゃない。

ただ、 力の向きが、 少し変わる。

その変化は、自分でも気づかないくらい、 静かに始まる。

僕は今、 息子の成長を見守りながら、 仕事の中でも、 誰かの成長を支える側に立つことに、 確かな充実感を感じている。

この話も、 まだ途中だ。

守るものは、 これからも増えるかもしれないし、 形を変えるかもしれない。

でも、 力の使い方が変わったという感覚だけは、 これからも、 自分の中に残り続ける気がしている。

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