気がつけば、教師として現場に立って20年近くになる。
それでも、いまも毎日、迷っている。
判断に自信が持てない日もあるし、体力の衰えをはっきり感じる朝もある。
それでも僕は、今日も現場に立っている。
正直に言えば、「経験を積めば迷わなくなる」なんてことはなかった。
年齢を重ねても、役割が変わっても、仕事は相変わらず難しいし、対人関係で失敗もする。
子どもへの関わり方に悩み、チームの中での立ち位置に揺れることもある。
若いころは、もっとひどかった。
障がい者の施設で働いていた頃、社会性もなく、対人関係につまずき、がむしゃらに動くだけで精一杯だった。
鼻水を垂らし、はだしで必死に働いていた。
大学の友人の結婚式で、教員として活躍する同級生の姿を見たとき、その世界がまぶしくて、思わず目を伏せた。
「僕は、ああいう道を望んでいたんじゃなかったのか」
そんな思いが、胸に残った。
教員採用試験には三度落ちた。
妹に「兄ちゃんは何度受けても受からないよ」と言われ、悔しさを噛みしめたこともある。
それでも、妻に支えられ、予備校に通い、 ようやく教壇に立つことができた。
初任地は、海の近くの遠い土地だった。
自然と仲間に恵まれ、忘れられない時間を過ごした。
けれど仕事では、また人間関係につまずき、 同僚から「この地に、もう来ないで」と言われるような経験もした。
次の赴任先でも、簡単な現場は一つもなかった。
子どもの暴言、授業の逸脱。
それでも、仲間と協力し、「一人で抱えない」ことを少しずつ覚えた。
職員同士で喜びを分かち合えた経験は、いまでも心に残っている。
40代に入り、主任や課長といった役割を任されるようになった。
前に立つだけでなく、チームを支える立場。
正解は分からないまま、実践し、振り返り、また迷う。
それでも、チームマネジメントにやりがいを感じ始めた。
現在は、小学校の特別支援学級で主任をしている。
子どもの暴言や授業からの逸脱。
正直、いまもうまく対応できているとは言えない。
体力も、若い頃のようにはいかない。
それでも、 担任を一人にしないこと。
チームで支えること。
子どもたちの自立を、現場で考え続けること。
その価値だけは、手放さずにいる。
朝活で自分を整え、対話を通して舵を確認し、仲間と踏ん張りながら、前を向く。
怒鳴って叱責してしまう日もあるし、振り回されて疲弊する日もある。
それでも、立っている。
それでも、やっている。
若い頃の自分に比べれば、派手さはなくなったかもしれない。
体力や気力も落ちた。
でも、少しだけ人生のことが分かってきた気がする。
もし、いま迷っている若い人がいたら、僕はこう言いたい。
迷っていることは、逃げていない証拠だ。
うまくできなくても、役割は変わっていく。
僕は今日も、答えを持たないまま、現場に立っている。
それでも、立っている。