若いころ、僕は何度も孤立した。
今振り返れば、理由はある。
コミュニケーションが未熟だった。
感情のコントロールも甘かった。
自分の正しさを押し通そうとしていた。
授業づくりも、教材も、ひとりよがり。
子どもたちからの評価は悪くなかった。
上司から褒められたこともあった。
でも、横を見ると、仲間がいなかった。
事は進む。
でも、つまらない。
評価はある。
でも、孤立している。
あの空気は、今も忘れられない。
腹を立てたこともある。
怒鳴ったこともある。
未熟だった。
自分がまいた種で居心地が悪くなった。
それでも、仕事は続けた。
逃げなかった。
正直に言えば、 逃げる勇気もなかっただけかもしれない。
でも、続けた。
改善しようとした。
失敗しながら、少しずつ変わろうとした。
孤立は、終わりじゃない。
あれは、階段の踊り場みたいなものだ。
一段上がったつもりでも、 景色はまだ変わらない。
でも、らせん状に、少しずつ上がっている。
環境が変わる。
出会う人が変わる。
また失敗する。
また孤立することもある。
でも、そのたびに、 自分の視点は少しずつ変わっていく。
若い君へ。
孤立することはある。
衝突もする。
後悔もする。
でも、それで人生は終わらない。
逃げるな、と言いたいわけじゃない。
ただ、投げ出さないでほしい。
改善して、また挑戦すればいい。
環境は、必ず変わる。
そして、いつか気づく。
「あの苦さがあったから、今がある」と。
僕は今、「おたがいさま」という言葉を大切にしている。
あの孤立がなければ、 傾聴の意味も、協働の価値も、 分からなかったかもしれない。
失敗だらけの人生だ。
でも今は、誇れる。
なぜなら、 価値に則して生きたいと、はっきり言えるから。
27歳の自分に言ってやりたい。
その調子だ。
世渡りは下手くそだな。
でもな、 若いんだから、身体は動くんだから、 もっとわくわくすることをやれ。
いっぱい失敗しろ。
いっぱいぶつかれ。
大丈夫だ。
人生は一直線じゃない。
らせん階段だ。
ゆっくりでも、確実に上がっていく。
迷っている君へ。
孤立しても、終わりじゃない。
それは、次の景色に向かう途中だ。
僕も、まだ途中にいる。
それでも、前を向いて歩いている。
だから、君も大丈夫だ。