はじめに
少年野球監督・辻正人さん(55歳)は、滋賀県で少年野球クラブを35年にわたり率いてきました。
全国優勝や世界大会制覇といった輝かしい実績を誇りながらも、彼の流儀は「子どもたちに任せる」こと。
かつては勝利至上主義で全てを指示する時代もありました。
しかし敗北を機にサインをやめ、子どもたちに考えさせる野球へと転換します。
その姿勢から生まれたのは、自ら声を出し、失敗を糧にしながら主体的に挑戦する子どもたちの姿でした。
本記事では、辻監督が「子どもに教えられたリーダー像」を手がかりに、現代の職場で私たちが実践できるマネジメントの本質を探ります。
※出典:NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』「教えてくれるのは、いつも子どもたち ~少年野球監督 辻正人~」(放送日:2023年10月4日)
※番組内容の引用は著作権法に基づき最小限の範囲で行っております。
辻監督の歩み
滋賀県を拠点に、少年野球一筋で35年。
辻正人監督は、全国優勝3度、世界大会優勝も果たす名将です。
しかし、その歩みは決して順風満帆ではありませんでした。
かつての辻監督は、勝つためにすべてを自らが指揮し、緻密なサインを出していました。
選手たちは監督の顔色をうかがい、監督の指示に従うチームなっていました。
転機は一つの敗北でした。
サインが読まれたことで試合に敗れた辻監督は、思い切って「サインを出さない」という決断を下します。
当初は“勝つため”の苦肉の策にすぎませんでしたが、やがて子どもたちが議論を始め、自ら作戦を考え、楽しさを見出す姿に辻監督自身が驚かされることになります。
このエピソードは、私たちがはたらく現場でも大きな示唆を与えます。
細かい指示を徹底することは一見効率的に思えますが、実は部下の主体性を奪い、挑戦心を失わせてしまう危険があります。
リーダーの仕事は「すべてをコントロールすること」ではなく、「任せる勇気を持つこと」。
そこにこそ、チームの真の成長があるのだと思います。
任せる勇気
多くのチームでは監督が采配を振り、選手たちはそれに従います。
しかし辻監督は、あえて子どもたちに作戦を考えさせました。
「全員が監督になって試合を運ぶ」──辻監督はそう語ります。
ノーアウト一塁の場面で、子どもたちが盗塁を提案しても、辻監督は「正解」も「不正解」も言いません。
彼が信じるのはただ一つ、「答えは子どもの中にある」ということでした。
こうして試合の主役は子ども自身となり、彼らは「自分で決めて動く」責任感と喜びを味わいます。
失敗しても、それは次につながる学びとなる。
辻監督は、子どもたちに挑戦することの価値を教え続けていました。
この姿勢から学べるのは、リーダーが「任せる勇気」を持つことの大切さです。
仕事の現場でも、上司が細かく手を出し過ぎると、部下は「言われたことだけをやる人」になってしまいます。
しかし、任された人は必ず考え、自分の判断で動こうとします。
そこで失敗したとしても、それは成長の糧になります。
辻監督が子どもたちに託したように、私たちも部下に任せる勇気を持つことで、チーム全体が主体的に動き始めるのではないでしょうか。
“楽しむこと”が力を引き出す
辻監督のチームは「楽しいから強い」と評されます。
練習は強制せず、服装や髪型の規則もほとんどなし。
練習時間も強豪チームの半分程度ですが、子どもたちは生き生きと取り組んでいます。
辻監督は語ります。
いいプレイが出るから楽しいんじゃない。
楽しんでたらいいプレイができる。
こうした方針の下、子どもたちは好奇心を刺激され、挑戦すること自体を楽しむようになっていきました。
ヒットを打つことが目的ではなく、「全力を出すこと」に拍手が送られる。
この「楽しさを中心に据える」という考え方は、職場でも非常に大切だと思います。
成果ばかりを追いかけると、人は緊張やプレッシャーに押しつぶされがちです。
しかし「楽しさ」があれば、自然と挑戦する意欲が湧き、結果としてパフォーマンスが高まる。
私自身の職場経験からも、チームが笑顔で取り組んでいるときこそ、一番の成果が生まれると実感しています。
楽しむことは“甘え”ではなく、むしろ組織の力を引き出す原動力なのです。
失敗から学ぶ
辻監督が繰り返し子どもたちに伝えていたのは「失敗から学ぶ」という考え方でした。
フルスイングの場面で子どもがバントを選び、結果として失敗しても、そこから「どうすればよかったのか」を考えることが大事だと説きます。
「スポーツというのは失敗するもの。悔しい思いも反省も、思いっきりすればいい。その経験が次の挑戦につながる」
──辻監督のこの言葉は、野球だけでなく人生そのものに通じます。
子どもたちは、失敗の後こそが本当のスタートだと学び、自ら考え、行動する力を身につけていきました。
私たちもミスをしたとき、つい「なぜ失敗したのか」と責めがちですが、本当に大切なのは「これからどうするか」を考えることです。
失敗を恐れて行動を止めるよりも、失敗を糧に新しい挑戦を重ねることが、個人の成長にも、組織の発展にもつながる。
私自身、過去に多くのミスを経験しましたが、それを機に改善策を学び、今の自分を形作ってきました。
辻監督の言葉は「失敗から学ぶ勇気」をあらためて思い出させてくれます。
“プロフェッショナル”とは
番組の最後に辻監督はこう語りました。
「プロフェッショナルとは、目標をクリアしても、さらに高い壁を自分で作り、それを越えていく存在」
この言葉には、単に勝ち続けることではなく、“成長を止めない生き方”が込められています。
子どもたちが楽しみ、失敗を重ねながらも挑戦をやめない姿。
それに教えられるように、辻監督自身も「子どもたちに負けないように、全力で生きる」と決意を新たにしていました。
私たち社会人にも強く響きます。
仕事で一定の成果を出すと、つい現状に安住しがちです。
しかし本当の“プロフェッショナル”は、自らに新しい課題を課し、挑戦を続ける人。
私自身、40代後半になり体力や気力の衰えを感じることもありますが、それを理由に歩みを止めたくはありません。
次の挑戦に向かうことが、自分に課せられた責任だと思います。
まとめ
少年野球監督・辻正人さんの指導には、現代のリーダーに必要なヒントが詰まっていました。
- 「任せる勇気」が子どもの主体性を育む
- 「楽しさ」が力を引き出す
- 「失敗」が次の挑戦への原動力になる
- 「プロフェッショナル」とは挑戦を止めない姿勢である
これらは野球に限らず、私たちの職場や日常にもそのまま通じる考え方です。
私自身、仕事の中で「効率」や「成果」を優先するあまり、任せることに不安を感じたり、楽しさを忘れたりすることが多々あります。
しかし、子どもたちが失敗を恐れず挑戦する姿を見ていると、まだまだ自分も成長できると気づかされます。
私もまた「部下や仲間から学ぶ」ことを大切にしながら、ベストを尽くしていきたい。
あなたは今、「任せる勇気」を持っていますか
そして、「楽しさ」と「挑戦心」を失わずにはたらくことができていますか
仕事の現場でも、そのエッセンスを活かしていきたいものです。
結城一郎