サッカーから、静かに離れた。
卒業するまで、戻ることはなかった。
逃げた、という感覚はなかった。
でも、胸を張って前に進んでいる感じでもなかった。
何かを失ったまま、 ぽっかり空いた場所を、 そのまま抱えているような感覚。
おぼろげに、 何もない空間を彷徨っている。
そんな時間だった。
高3になっても、そんな生活が続いていた。
理系クラスで、 成績は、まあまあ。
良くも悪くも、大きくは変わらない。
何かに打ち込もうとして、どうにも身が入らなかった。
そんな中で、 彼女ができた。
そこに、傾倒する自分がいた。
それはそれで、楽しかった。
でも、 サッカー部にいた頃のような、 あの激しさはなかった。
勉強も、 どこか中途半端だった。
ちゅうぶらりん。
そんな言葉が、ぴったりだった。
ただ、高3という現実が、 容赦なく迫ってきた。
進路。
将来。
この先。
正直、迷走していた。
担任の先生に相談した。
誠実で、親身になって話を聞いてくれる先生だった。
そのとき、 防衛大学校に興味がある、 と口にした。
今になって思えば、 本当に行きたかったのかは、分からない。
教師になりたい、 という思いも、 確かに、どこかにあった。
でも、 踏み出す勇気が、なかった。
現実も、見えてきていた。
自分の学力では、 教育系の国立大学は、簡単ではない。
私立大学は、 経済的に、選択肢にならなかった。
父に相談した。
母にも相談した。
母は言った。「あなたの好きなように、 あなたが決めなさい。」
父は、 大学には行かず、 就職してほしい、と言った。
ショックだった。
悔しかった。
やるせなかった。
でも、お願いした。
一校だけ。
遠方の国立理系大学を受験した。
理由は、 深く考えていなかった。
理系で、 無難で、 今の自分に合いそうだったから。
受験の日、 新幹線で向かった。
駅は、 一面の雪景色だった。
結果は、不合格。
普通に、ショックだった。
でも、正直、 少し安心した自分もいた。
そして、 卒業。
僕は、焦った。
就職か、浪人か。
選択を迫られていた。
浪人する、と決めた。
父は、相変わらず反対だった。
でも、 一年だけ、と頼み込んだ。
そして、 かねてから憧れていた、 教育系の国立大学を目指すことにした。
一人で勉強を始めた。
コンビニでアルバイトをしながら、 独学。
焦りばかりが、募った。
勉強は、 思うように進まない。
家では、 集中できなかった。
彼女は、 すでに学生生活を始めていた。
その姿が、 眩しくもあり、 羨ましくもあった。
それでも、 教師になりたい、 という思いだけは、 消えなかった。
小さく、 弱々しく、 それでも、確かに灯っていた。
その灯を、 消したくなかった。
夏。
直感的に思った。
このままでは、ダメだ。
予備校に通う。
そう決めた。
母に伝えた。
父は渋々だったと思う。
それでも、 経済的に苦しい中で、 学費を出してくれた。
今でも、 感謝している。
予備校に通い始めてから、 夜12時まで、 毎日、勉強した。
ずっと、ずっと。
何かに取り憑かれたように。
不思議と、 勉強が楽しくなってきた。
分かることが、増えていく。
それは、 中2の頃、 家庭教師や担任の先生と過ごした、 あの感覚に、よく似ていた。
偏差値も、 少しずつ、上がっていった。
そこには、 二つのモチベーションがあった。
一つは、 勉強そのものの楽しさ。
もう一つは、 劣等感だった。
身体の病気。
サッカー部から離れたこと。
逃げた、負けた、という感覚。
それを、 振り払いたかった。
国立の教育大学に合格することが、 その劣等感を克服する、 大きな目標になっていた。
冬。
センター試験。
父が、駅まで送ってくれた。
車内で、 父の好きな演歌が流れていた。
集中したくて、「音楽、止めて」と言った。
父は、 何も言わず、止めてくれた。
試験は、 手応えがあった。
二次試験も、 集中して臨めた。
合格発表の日。
国立教育大学、合格。
保険で受けた、福祉系大学も合格。
ニキビだらけの顔で、 笑った。
少しだけ、 前に進めた気がした。
これからだ。
本当に、これからだ。
そう思って、 気を引き締めた。