MENU

第5話|何者でもない時間が、僕を前に進めた

  • URLをコピーしました!

サッカーから、静かに離れた。

卒業するまで、戻ることはなかった。

逃げた、という感覚はなかった。

でも、胸を張って前に進んでいる感じでもなかった。

何かを失ったまま、 ぽっかり空いた場所を、 そのまま抱えているような感覚。

おぼろげに、 何もない空間を彷徨っている。

そんな時間だった。

高3になっても、そんな生活が続いていた。

理系クラスで、 成績は、まあまあ。

良くも悪くも、大きくは変わらない。

何かに打ち込もうとして、どうにも身が入らなかった。

そんな中で、 彼女ができた。

そこに、傾倒する自分がいた。

それはそれで、楽しかった。

でも、 サッカー部にいた頃のような、 あの激しさはなかった。

勉強も、 どこか中途半端だった。

ちゅうぶらりん。

そんな言葉が、ぴったりだった。

ただ、高3という現実が、 容赦なく迫ってきた。

進路。

将来。

この先。

正直、迷走していた。

担任の先生に相談した。

誠実で、親身になって話を聞いてくれる先生だった。

そのとき、 防衛大学校に興味がある、 と口にした。

今になって思えば、 本当に行きたかったのかは、分からない。

教師になりたい、 という思いも、 確かに、どこかにあった。

でも、 踏み出す勇気が、なかった。

現実も、見えてきていた。

自分の学力では、 教育系の国立大学は、簡単ではない。

私立大学は、 経済的に、選択肢にならなかった。

父に相談した。

母にも相談した。

母は言った。「あなたの好きなように、 あなたが決めなさい。」

父は、 大学には行かず、 就職してほしい、と言った。

ショックだった。

悔しかった。

やるせなかった。

でも、お願いした。

一校だけ。

遠方の国立理系大学を受験した。

理由は、 深く考えていなかった。

理系で、 無難で、 今の自分に合いそうだったから。

受験の日、 新幹線で向かった。

駅は、 一面の雪景色だった。

結果は、不合格。

普通に、ショックだった。

でも、正直、 少し安心した自分もいた。

そして、 卒業。

僕は、焦った。

就職か、浪人か。

選択を迫られていた。

浪人する、と決めた。

父は、相変わらず反対だった。

でも、 一年だけ、と頼み込んだ。

そして、 かねてから憧れていた、 教育系の国立大学を目指すことにした。

一人で勉強を始めた。

コンビニでアルバイトをしながら、 独学。

焦りばかりが、募った。

勉強は、 思うように進まない。

家では、 集中できなかった。

彼女は、 すでに学生生活を始めていた。

その姿が、 眩しくもあり、 羨ましくもあった。

それでも、 教師になりたい、 という思いだけは、 消えなかった。

小さく、 弱々しく、 それでも、確かに灯っていた。

その灯を、 消したくなかった。

夏。

直感的に思った。

このままでは、ダメだ。

予備校に通う。

そう決めた。

母に伝えた。

父は渋々だったと思う。

それでも、 経済的に苦しい中で、 学費を出してくれた。

今でも、 感謝している。

予備校に通い始めてから、 夜12時まで、 毎日、勉強した。

ずっと、ずっと。

何かに取り憑かれたように。

不思議と、 勉強が楽しくなってきた。

分かることが、増えていく。

それは、 中2の頃、 家庭教師や担任の先生と過ごした、 あの感覚に、よく似ていた。

偏差値も、 少しずつ、上がっていった。

そこには、 二つのモチベーションがあった。

一つは、 勉強そのものの楽しさ。

もう一つは、 劣等感だった。

身体の病気。

サッカー部から離れたこと。

逃げた、負けた、という感覚。

それを、 振り払いたかった。

国立の教育大学に合格することが、 その劣等感を克服する、 大きな目標になっていた。

冬。

センター試験。

父が、駅まで送ってくれた。

車内で、 父の好きな演歌が流れていた。

集中したくて、「音楽、止めて」と言った。

父は、 何も言わず、止めてくれた。

試験は、 手応えがあった。

二次試験も、 集中して臨めた。

合格発表の日。

国立教育大学、合格。

保険で受けた、福祉系大学も合格。

ニキビだらけの顔で、 笑った。

少しだけ、 前に進めた気がした。

これからだ。

本当に、これからだ。

そう思って、 気を引き締めた。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次