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第15話 仕事が楽しくなったのは、いつからか

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仕事は、ずっと嫌いじゃなかった。

むしろ、楽しいと思ってやってきた。

大学を卒業してから働いた、 障がいのある人たちの更生施設での生活支援や作業支援。

教員になってからの18年間。

授業づくりも、生徒指導も、決して苦痛ではなかった。

今も、仕事は楽しい。

ただ、今になって思う。

「楽しい」という感覚の中身は、少しずつ変わってきた。

20代、30代、そして40代の中頃まで。

仕事そのものは好きだったけれど、 対人関係では、よくつまずいていた。

いつもではない。

でも、振り返ると、 職場の人間関係で大きく消耗する出来事が、いくつかあった。

仕事は嫌じゃない。

でも、人と関わることで、 どこか不安定になる。

そんな感覚を、 長いあいだ抱えていた気がする。

変化を感じ始めたのは、40代前半だった。

主任や課長といった役割を、 本格的に担うようになってからだ。

それまでも、 そうした立場に就いたことはあった。

でも当時の自分は、 役割を「肩書き」としてしか捉えられていなかったように思う。

だから、 同僚や部下との関係づくりもうまくいかず、 心理的な負担ばかりが大きかった。

40代前半から、 仕事の見え方が、少しずつ変わってきた。

主任や課長は、 チームマネジメントの主体者だ。

傾聴すること。

コミュニケーションをとること。

率先して動くこと。

そして、チーム全体のタスクを見渡すこと。

それらを 「頑張ってやる」のではなく、 「そういう役割なのだ」と受け止めるようになった。

何よりも、大きかったのは、 構想案を考える仕事だった。

組織をどう動かすか。

今の課題は何か。

何を変えれば、少し良くなるのか。

その前段階で、 自分なりに草案をつくる。

それが、 驚くほど楽しかった。

自分の中の直感や経験を使って、 構造を組み立てる。

自由度があり、 自分の思考を起点にできる。

一方で、 それは決して独りよがりな作業ではない。

草案は、 そのまま通すためのものではないからだ。

草案を出すと、 必ず誰かが言ってくれる。

「ここは良い」

「でも、ここは削ったほうがいい」

「この部分は、別の視点が必要かもしれない」

以前の自分なら、 そうした指摘を、 どこかで「否定」や「干渉」と受け取っていたかもしれない。

でも今は、違う。

ブラッシュアップしてくれる人がいること。

削除や修正を提案してくれる人がいること。

それらすべてが、 組織をよりよくするためのプロセスだと、 自然に受け止められるようになった。

むしろ、ありがたいと思っている。

仕事が楽しくなったのは、 成果が出たからでも、 評価されたからでもない。

自分が担う役割と、 仕事の構造が、少しずつ噛み合ってきたから なのだと思う。

直接、目の前の相手と向き合う仕事は、 どうしても予測不可能な要素が大きい。

一方で、 構想を描き、 構造を整え、 チームで形にしていく仕事には、 自分の特性が生きる余地があった。

かつて、 「独りよがり」と言われかねなかった主体性は、 構造の中では、 推進力や責任感として機能する。

今、振り返って思う。

あの頃、 逐一指摘されることに耐えられなかった自分と、 今、指摘を冷静に受け止めている自分。

その違いは、 能力の差ではない。

立っている構造が違うのだ。

今は、 指摘が「人」に向けられるのではなく、 「構想」に向けられている。

だから、 自分が壊れない。

仕事が楽しくなったのは、 ある日を境に、急に変わったからではない。

気づいたら、 楽しさの質が変わっていた。

直接手を動かす楽しさから、 構造を考える楽しさへ。

一人で完結する仕事から、 チームで形にする仕事へ。

もし今、 仕事は嫌いじゃないのに、 どこか噛み合わなさを感じている人がいたら。

それは、 「向いていない」のではなく、 まだ、役割と構造が合っていないだけ なのかもしれない。

この話も、 まだ途中だ。

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