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第9話|海のそばの学校で、ひとり踏ん張っていた頃

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教員になれば、 何かが一気に変わると思っていた。

教師という肩書きを手に入れれば、 迷いは終わり、 自分の立ち位置も、役割も、 自然と見えてくるのだと。

でも、現実は違った。

初任の地は、県内の遠方。

海の近くで、自然豊かな場所だった。

釣りが趣味の私にとっては、 正直に言えば、心が躍る土地でもあった。

一方で、 妻は仕事を辞め、 見知らぬ土地での生活を始めることになった。

引っ越しの車の中で、 妻はほとんど言葉を発しなかった。

その沈黙の意味を、 当時の私は、深く考えようとしなかった。

「きっと大丈夫だろう」

そう思うことで、 自分の不安から目をそらしていたのかもしれない。

教員としてのスタートは、 決して順風満帆ではなかった。

慣れない仕事。

次々と飛んでくる注意。

覚えることの多さ。

空回りする毎日。

一か月ほどで、私は肺炎になり、 入院することになった。

今思えば、 心も体も、限界に近かったのだと思う。

それでも復帰後、私は「踏ん張る」ことを選んだ。

人に頼るより、 自分でやった方が早い。

自分でやった方が、確実だ。

そう信じて、 教材を自費で作り、 夜遅くまで準備を重ねた。

その授業を見た研修指導主事から、 「いい実践ですね」 と声をかけられたとき、 素直に嬉しかった。

子どもたちが生き生きと活動している。

自分の考えた教材が、確かに届いている。

その手応えが、 私をさらに「一人で踏ん張る方向」へと 押し出していった。

三年目、 私は分掌の課長に任命された。

けれど、 人と協力することが、うまくできなかった。

意見をすり合わせること。

役割を分担すること。

任せること。

どれも、面倒で、怖くて、 どこか避けていた。

結果、 自分を追い込み、 周囲との溝を深め、 ついには感情を爆発させてしまった。

子どもの前で、 同僚に怒鳴ってしまったあの日のことは、 今でも忘れられない。

叱責を受け、降格し、 深く反省した。

あの出来事は、 私が「一人で踏ん張る限界」を初めて突きつけられた瞬間だった。

それでも、 最後の年。

配置換えされた部署では、 周囲の先生方に支えられ、 少しずつ、 「一緒にやる」という感覚を学び始めていた。

うまくはなかった。

ぎこちなかった。

それでも、 人と関わろうと意識する自分がいた。

学び直しを始め、 通信制大学で免許を取得したのも、この頃だった。

風向きが、 少しずつ変わっていった。

振り返れば、 あの初任地での数年間は、 ひとりで踏ん張り、 空回りし、 傷つき、 それでも前に進もうとしていた時間だった。

決してスマートではなかった。

誇れることばかりでもない。

でも、 あの時間があったからこそ、 「人とつながること」をようやく大切だと思えるようになった。

それは、 完成ではなく、 スタートだった。

海のそばの学校で、 ひとり踏ん張っていたあの頃。

私はまだ未熟だった。

けれど、 確かに、舵を切り始めていた。

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