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第3話|努力しても、届かない場所があった

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高校受験の勉強は、正直、楽しかった。

特に数学が好きだった。

図形、文章問題、証明。

考えれば考えるほど、少しずつ形が見えてくる。

夜中の12時を過ぎることもあった。

今なら絶対にやらない。

疲れて翌日に響くし、 分からなければ答えを見て、やり方を吸収したほうが早い。

でも、あの頃は違った。

答えを見るのは、どこか「負け」のような気がしていた。

変なプライドだったと思う。

内申点では勝負できなかったから、 点数で勝負するしかなかった。

猛勉強した。

受験勉強を通して、学力が確かに伸びた実感もあった。

自分は、理系科目が得意なのかもしれない。

そんな感覚を、ぼんやりと持ち始めた頃でもあった。

合格して、入学した。

一つランクを下げた高校だったけれど、 サッカーができるなら、それでいい。

そう自分に言い聞かせていた。

迷うことなく、サッカー部に入部した。

練習は、想像以上にきつかった。

上下関係は、さらにきつかった。

強豪校だった。

同級生のほとんどは、サッカー推薦で入学してきた選手たち。

中学時代から有名な選手もいて、 同級生なのに、どこか憧れの対象だった。

中には、 どうしても好きになれない同級生もいた。

偉そうで、態度が悪く、 空気を支配しようとするタイプ。

サッカーは上手かった。

でも、性格は最悪だった。

当時は、 「なぜこんな人たちと一緒にやらなければならないのか」 そんな疑問を持つ余裕すらなかった。

練習は厳しかった。

先輩からのしごきは、理不尽だった。

部室で、 重いものを頭上に掲げたまま、 許可が出るまで動いてはいけない。

今思えば、 馬鹿げた儀式だったと思う。

主従関係を、 威圧と恐怖で成立させるための、 意味のない行為。

もし今なら、 問題になるだろう。

もしかしたら、部は解散していたかもしれない。

でも当時は、 それが「当たり前」だった。

1年生の間、 僕はほとんど試合に出られなかった。

補欠の補欠。

ボール拾い。

周囲の同級生は、 推薦組ばかり。

技術も、経験も、上だった。

何人かの1年生が、 途中で部を去っていった。

中には、推薦で入学してきた選手もいた。

そのときは、 なぜだろう、なんて考えなかった。

必死すぎて、考える余裕がなかった。

でも今なら、 少し分かる気がする。

倫理的にも、 常識的にも、 おかしい環境だったからだ。

それでも、 努力が無駄だったわけではない。

体力は、確実についていった。

1年生と2年生合同の10キロマラソン大会で、 校内15位だった。

あれは、 自分でも驚いた。

学業のほうも、 受験勉強の貯金があったおかげで、 理系科目は上位だった。

ただ、 部活でくたくたになり、「先生になりたい」という思いは、 一度、頭の奥に引っ込んでいた。

そして、 もう一つの問題があった。

中学時代から続いていた、 身体の違和感。

運動部なのに、 肝心なとき、 特にスタートダッシュの瞬間に、 身体が一瞬、動かなくなる。

数秒で戻る。

でも、それが日に何度も起こる。

悔しかった。

恥ずかしかった。

誰にも知られたくなかった。

サッカー部の練習中にも、 何度もあった。

必死にごまかした。

「何で俺だけ、こんな身体なんだ」

そう思いながら、 自分を呪った。

対処法は分からなかった。

相談する余裕もなかった。

すべてにおいて、 現実に押されながら、 必死にくらいついていくだけだった。

今なら、 もう少し賢く振る舞えたかもしれない。

でも、 当時の僕には、 そんな選択肢すら見えていなかった。

努力はしていた。

本気だった。

それでも、届かない場所が、確かにあった。

あの高1の一年は、 激動だった。

楽しいことも、 手応えも、 確かにあった。

でも同時に、 どうにもならない現実が、 次から次へと押し寄せてきた。

意味は、 そのときには分からなかった。

ただ、 必死だった。

それだけは、 確かだった。

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